東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)26号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の本件審決の取消事由の存否について判断する。
(一) 整地板の有無について
田植機において整地板を備えたものが極く普通のものであることは、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第六号証によれば、整地板を備えない田植機が存することが認められるが、整地板を備えたものが極く普通のものであり、整地板はいわば田植機に付加される慣用手段にすぎない以上、単にこれを削除しても格別技術的意味があるとは認められない。このことは、成立に争いのない甲第二号証の一、二、同第四号証及び第五号証によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲には整地板を備えることは構成要件として記載されていないが、発明の詳細な説明及び添付図面(別紙図面(一)第1図)においては、整地板(整地体20)を備えた田植機を本願発明の実施例として記載していることからも明らかである。
したがつて、本願発明が整地板を備えることを構成要件としていない点をもつて、引用考案との実質的な差異と認めることはできない。
(二) ハンドルの型式について
成立に争いのない甲第七号証ないし第一七号証によれば、引用考案の出願当時、乗用型の田植機は周知であつたと認められ、また当時、歩行型の田植機も周知であつたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用考案における田植機が乗用型のものか歩行型のものかについては、その実用新案登録請求の範囲に限定はないことが認められる。しかしながら、前掲甲第三号証によれば、引用考案の明細書の考案の詳細な説明及び願書添付図面(別紙図面(二)第1図ないし第3図)には、実施例として歩行型の田植機が図示され、これに引用考案を実施したものが記載されていることが認められ、以上によれば、引用考案は、少なくとも、歩行型の田植機を対象とするものを含むものであることが明らかである。
したがつて、引用考案のハンドルは、本願発明における歩行操縦ハンドルを含むものと認めるのが相当である。
(三) 苗タンクの設置個所について
前掲甲第三号証によれば、引用考案は、苗タンクをハンドルに沿わせて支架させる構成のものであることが認められ、また引用考案のハンドルが歩行操縦ハンドルを含むことは前述のとおりであり、引用考案も本願発明と同じく苗の補給修正が容易にできるようにすることを目的とすることは後記(四)のとおりであるから、引用考案において苗タンクを歩行操縦ハンドルに沿わせて支架させる場合、そのハンドルの前側に苗タンクを沿わせるのがハンドルに邪魔されない苗の補給修正の点からみて最も一般的であり、このことは前掲甲第三号証によれば、引用考案の明細書の考案の詳細な説明及び願書添付図面(別紙図面(二)第1図ないし第3図)に実施例として右のような構成のものが示されていることからも明らかである。
したがつて、引用考案は、苗タンクを歩行操縦ハンドルの前側に沿わせた点において、本願発明と一致しているというべきである。
なお、引用考案の苗タンクの設置の仕方について、苗タンクを歩行操縦ハンドルに沿わせて「支架させる」とする部分は、「該受枠で前部苗取出側を支持させ往復横移動杆に連結させた苗タンクを案内部材を介してハンドルに沿わせて支架させてなる」という構成であること(このことは前掲甲第三号証により認められる。)に照らし、往復横移動可能な苗タンクを支架するという技術手段をいうものと把握すべきであり、この「支架させる」構成に対応する本願発明の構成をどのように把握すべきかについては、苗タンクの往復横移動に関連する技術手段につき次項において総合的に判断する際に触れることとする。
(四) 受枠、往復横移動杆、案内部材の有無について
(1) 原告は、受枠の有無により本願発明と引用考案の構成の差異を指摘し、右差異は両者の目的の相違に由来する旨主張するので、先ず両者の目的を確定することとする。
前掲甲第二号証の一、二、同第四号証及び第五号証によれば、本願発明は、明細書の発明の詳細な説明中の「従来公知の田植機は、第5図の構成であつた。……この公知例は、苗タンクD上にある苗Eを、隅から隅まで一望に監視することができたが、苗タンクDが邪魔をして、α角度の範囲は前方を見ることができない欠点と、苗タンクDが作業者Gより遠いので、苗Eの修正のようなときはいちいち運転を止めて横にまわらなくてはならない欠点があつた。本発明は、この点改善したものである。」(昭和五七年五月一九日付手続補正書第二頁第七行ないし第三頁第五行)との記載及び本願発明の構成により「苗タンク25によつて操縦位置からの視角が遮ぎられることなく、前方の視角が十分に広がつて操縦性能は向上し、苗植付条間を所定の一定間隔にすることができる効果を齎す。又、作業中に苗タンク25内の苗が不測に変形して植付けに支障を来たした場合は、僅かに手を差しのべれば作業を中止することなく、操縦位置からこれを修正できる。」(前記手続補正書第五頁第一五行ないし第六頁第七行)との記載からみて、苗タンクの位置に原因する操縦の困難性と苗の修正の困難性の改善を目的としたものと認められる。これに対し、前掲甲第三号証によれば、引用考案は、考案の詳細な説明中に、「苗タンク10をハンドル7に沿わせて支架したものであるから、作業者は原動機や車輪を直接に監視することができ」(第三欄第四行ないし第六行)と記載されていることからみて、田植機の操縦の困難性の改善を目的とするものであり、また、「この考案のように構成すれば作業者はその操縦位置から苗タンクに苗を補給することができ、作業効率が向上するものである。」(同欄第一六行ないし第一八行)と記載されており、作業効率の向上には苗の修正の困難性の改善も含まれているとするのが相当であるから、本願発明と引用考案とはその目的を共通にするというべきである。
原告は引用考案の目的として、他に、(イ)苗供給装置の堅牢性を得ること及び(ロ)苗タンクが往復横移動しても作業者が前進目標を見失つたり、田植機が蛇行しているとの錯覚に陥らないことを挙げ、前掲甲第三号証によれば、引用考案の明細書の考案の詳細な説明として右目的(イ)(ロ)が記載されていることが認められる。しかし、右目的(イ)(ロ)は、引用考案が苗供給装置として苗タンクを往復横移動させることを前提としているものであり、受枠は右目的を達成する技術手段としての役割りを担うものであるから、もしも田植機において苗タンクを往復横移動させることが周知であり、その種の田植機において受枠が当然に必要とされるものであるとすれば、右のような目的の差異を論じ、受枠の有無をもつて構成の相違をいうことは意味のないことであるというべきであるから、次に、右周知性の如何等を検討し、あわせて受枠と共に往復横移動杆、案内部材をも含め、引用考案における苗タンクの往復横移動に関連する技術手段の考案構成上の意味を判断する。
(2) 本願発明あるいは引用考案にかかる田植機において苗タンクが往復横移動杆により往復横移動させられるもの及び横移動しないものの両者が本願発明の出願前周知であること、本願発明の苗タンクはその両者を含み、引用考案の苗タンクは往復横移動杆により往復横移動させられるものに限定されていることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第一号証及び第二号証によれば、苗タンクを往復横移動させる田植機において、受枠、往復横移動杆及び案内部材は当然に必要とされるものであり、同号証記載の各考案において、(イ)台枠(各1)は往復横移動する苗箱(各6)を支持するもの、(ロ)回転軸(各17、18)はその回転によつて苗箱(各6)を軸芯方向に往復横移動させる作用を有するもの、(ハ)台枠の下側板の溝(各5、5)と苗箱の底壁下側面に付設した突条(各7、7)は苗箱(各6)が案内されて往復動する部材であることが認められるのであり、右各考案の各部と対比すると、引用考案における受枠は右(イ)の台枠(各1)と苗箱(各6)との関連からみて、往復横移動杆は右(ロ)の回転軸(各17、18)の存在からみて、案内部材は右(ハ)の溝(各5、5)と突条(各7、7)との関連からみて、いずれも適宜設計上の問題として採用される程度のものであることが認められるから、右受枠、往復横移動杆、案内部材の有無は、その要旨において、本願発明が苗タンクを往復横移動させるものに限定しなかつたのに対し、引用考案が苗タンクを往復横移動杆により往復横移動させるものに限定した結果に基づく差異にすぎないというべきである。
(3) 引用考案の「該受枠で前部苗取出側を支持させ往復横移動杆に連結させた苗タンクを案内部材を介してハンドルに沿わせて支架させる」という構成は、苗タンクを往復横移動するものに限定しているが、苗タンクを往復横移動させる田植機が周知であること、その場合、受枠、往復横移動杆及び案内部材を備えることは適宜設計上の問題として採用される程度のことであることは前述のとおりであるから、引用考案の右の構成における特徴は、「苗タンクをハンドルに沿わせて往復横移動可能に支架させる」点にあるというべきである。そして、引用考案の「苗タンクをハンドルに沿わせる」は、本願発明と同じく「歩行操縦ハンドルの前側に沿わせる」ものであることは、前述のとおりである。
他方において、本願発明は、前述のとおり苗タンクを往復横移動させるものを含んでいるものであるから、本願発明の「前記ハンドル24と平行に沿つた後傾斜の苗タンク25を設ける」という構成は、「苗タンクを往復横移動可能に支架させる」ものを含むものと把握すべきであり、結局、本願発明と引用考案とは、「苗タンクを歩行操縦ハンドルの前側に平行に沿わせて往復横移動可能に支架させる」ものとして一致しているとするのが相当である。
(五) 以上の理由により、本願発明は引用考案と同一と認められるとした本件審決の判断は正当であつて、本件審決にはこれを取消すべき違法は存しない。
3 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の趣旨は左のとおりである。
以下aないしcの要件からなる田植機。
a 原動機2を搭載し、推進車輪8を設けた走行車体1の後側に苗植付装置22を設ける。
b 前記車体1の後側で、前記苗植付装置22よりも後方位置に、後方に至るに従い高くなるよう後方に向けて斜上する歩行操縦ハンドル24を設ける。
c 該ハンドル24の前側で該ハンドルの近傍位置には、下端部は苗植付装置22の苗植込爪23の運動軌跡と重合し、全体は前記ハンドル24と平行に沿つた後傾斜の苗タンク25を設ける。